仕事を辞めたくなる瞬間

こんなときは誰だってある

無業者が問題となっている現代だが、では労働に従事していない人はすべて悪であると決め付けていいのだろうか。労働に対して意欲がまるでなく、自分から行動を起こさないといった無気力な人に対しては筆者としても慈悲を駆ける気は無い。だが労働するというだけで、行動に移さずにただただ充電しているだけ、機会が来るのを待っている、資金がないから溜まるまで、などと言い訳ばかりして、言葉だけ達者なニートなども説得力の欠片もないため、対象外だ。そういう人では無い、自分で明確にこれがしたいから今こうしていると、今は甘んじて無業に徹しているという人もいるがかなり稀有な存在だろう。

しかして働きたくないと考える瞬間は社会的行動をしている人にも存在する。筆者もそんな事を考えるときはある、それも根本的に労働なんてしたくないと、そもそもの人間的な生産活動に対してしない社会が来ないかなぁなどとどうしようもないことを考えるときもある。人間できるなら楽をして生きて行きたいと考えるのは極めて自然なことだ、ただ楽が出来ないからこそ一歩ずつ、そして自適な快適生活をするために必要なことをするため、今汗水たらして労働をしている人もいる。働くということに抵抗こそないが、本心では今後労働なんてものに従事する意味は無いというもはや存在そのものを否定したくなるときは、正規だろうが非正規だろうが、ニートだろうがフリーター、またはスネップだろうと関係ない。

労働するにしても環境が整っていなければならない、自分が働きやすく、また少しでも長く就業するためには自分から改善策といったことを申し上げることも時に必要な行動であると言われている。だがそれでも情況が好転しなければ本格的に退職することも視野に入れなければならない、無理を押して自分を追い詰めるようなことになって、精神病を発症することになったらそれこそ色々な意味で枷を背負うことになってしまうため、無理は禁物だ。働けなくなった人々もそうして心に負担を背負うことがあったからこそ労働から逃げる選択肢を選んだことになる、それが意味するところからも日本の労働現場が過酷なことを物語っている。

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苦労して勤務する事が出来ても

仕事を辞めたいというアンケートを取ったとき、どれくらいの人が『有る』と答えるだろうかと予測してみると、そこから見えるのは現状就業している仕事に対して納得しているかどうかを垣間見ることも出来る。ある調査を行った報告では、有ると答えたのは全体の『約68%』、無いと答えたのが『約32%』だという。この違いは就職している職場環境が自分の理想と、したい仕事をしているかで大きく回答は異なってくる。それはつまり、現在働いている人の7割近い人々は自身のしたい仕事が出来ているわけでは無い、また出来ているが何かしら職場に問題を抱えてしまっているがために、仕事には満足しているがその他の要因でストレスを負っている場合もある。

そもそも仕事が出来ないからというのは今回は条件としては除外して考えるとして、人はどんな状況に遭遇したら仕事というものに嫌気が差して逃避という選択肢を思いつくのかについても調査しているので見てみよう。

こんな状況になったら嫌になる

1:ブラック企業と思われるような体制
ある日突然来なくなった人、それも連続していなくなり業務に差し支えるような人手不足に陥ったり、社員全員が洗脳されているような気運に曝されている、残業が多いのに給料が少なく支給されているとなど、こなしている仕事に見合わない業務をしていると自分の仕事に対して疑問を感じて退職を考える人が多くなるのは、やはりといったところか。
2:人間関係で悩まされる
どこもかしこも起こるが、やはり人間関係で悩みを抱えてしまう人が多いよう。特に女性の意見をまとめてみると、社内での地位を利用してセクハラなどをされてしまい、悩んだ末に退職を選んでしまうという人も少なくないようだ。
3:業務内容がありえない
仕事をしていると何かしら理不尽な状況に追い込まれることもある。高圧的に顧客という位置に付けこんで罵倒されることもあれば、こちらに非がある事にしても、突如として土下座を要求されたこともあるというケースも。また職務以外の業務を押し込まれて、対応に追われて苦痛に感じるなど、不条理な場面に遭遇すると労働に対して意欲を喪失するという。

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世の中楽なことは無いにしても

筆者も一時期労働というものを存在から否定したくなるような思いに曝された事がある。それはとあるアルバイト先で勤務していたとき、その日の業務内容以外の仕事を平然と押し付けてくる、いわば自分が楽することだけを考えていた社員に振り回されていたときがあった。それこそ何でもかんでも全て押し付けてきて、他の人間は手が空いているにも関わらず、業務押し付けの集中砲火を受け続けてればどんなことになるか、言うまでもないだろう。その後明らかに押し付けすぎだと総責任者に注意されたからか何も言われなくなったが、残りの業務は終始憮然として勤務を終えて帰宅し、堪忍袋の緒が完全に切れていたので責任者にクレームを告げて、アルバイトで有ることを託けて繁忙期などの出勤は当分しないとこちらも相応の抵抗を見せるなどしたこともあった。

今だからこそ笑える話として昇華できるが、あの時ほど腸が煮えくり返るような思いに苛まれたことはなく、仕事なんて嫌いだと常々思ったものだ。ただそこで辞めたからといって何も解決しないことが分かっていたからこそ、攻撃しなければならないと意思が動いた。しかしここでそのやり方に心が折られてしまい、労働に対する意欲を完全に喪失してしまう人もいる。働きたくないと感じるのは良いとして、何かと付きまとう労働をする上での理不尽さに慣れていなければあっという間に無業者、それも孤立型への変貌を遂げてしまう危険性は大いにある。

孤立無業者にならないために

仕事をしなければ生きていけない、この事実がある限り働かなければならないのだが、誰しも一度職場から離れてしまったら『SNEP』になる可能性がある。だが人間、仕事だけをこなしていれば良いと言うモノでは無い、時に自分と冷静に向き合って進退を考えるのも時として重要な手段だ。このサイトではそんな現代に巣食う労働に付きまとう闇について考えるサイトだ。