定義として

当てはまらない例外

孤立無業者、SNEPと呼称される人々について話をしているが、こちらの定義についても詳細について考えてみようと思う。ある研究機関が発表した内容によると、そもそも『無業者』と呼ばれている人々は、必ずしも働いていない人に当てはまるということではない。例え働いていなくてもある種の条件が整っていることにより、孤立無援の状態では無いからだ。そして例外として考える点は、SNEPとは20歳以上、59歳以上の『未婚者』に対して用いられる言葉であり、結婚しているだけでその定義から外れることとなる。ただこの結婚している状態であっても、配偶者の毎月一定した額の生活資金がキチンと収入として入ってくる事が前提だ。そのため、結婚して2人ともが無収入の場合には残念ながら無業者と呼ぶことになる。でもそうした状況になっても親族などが一時的な援助を可能とする資産を持っているなら、それに頼ることも出来る。現在の社会状況から考えるとこの例は非常に少ないと考えられるためあまり定義から外れるというケースはさほど多くは無いだろう。

この点、夫婦の収入がなく親族にどうにかして頼るという手段を考えている人も可能性としてあるかもしれないが、その手段が通用しない場合もある。昨今のニュースを見ていると、親族が存在している状態の人々の中には、頼る術もなく餓死している遺体が発見されるという事件が現実として発生しているからだ。豊かさで満たされている日本社会などという言葉は、本当は非常に脆く崩れやすい社会構造となっており、社会的弱者と語られてしまう人々にとってこの国は非常に息苦しい生活基盤となっている。日本で餓死するなんて考えられないと思っている人もいるだろうが、これはれっきとした事実だ。そしてこの餓死する人のケースとして最も当てはまるのがSNEPと呼ばれる孤立無援の状態に陥っている人々が最も多くその可能性を秘めているということだ。

この問題は非常に複雑であるが、現在の日本について深く考察するためには考えなくてはならない。そしてこれらの定義が意味するところから見る、これからの日本を予感させるような、あまり明るくは無い展望が待っていることも明らかになるだろう。

哀愁のハロワ通い

SNEPと呼ばれる人々とは

では改めてSNEPという言葉の定義について話をしていこう。まず該当する年齢については、

・20歳以上59歳以上で、教育課程などに属していない未婚者(男女不問)

であることだ。未婚者の数として確かに絶対的な数値では男性の方が多いと見るべきだが、必ずしも結婚する事がすべてではないと考えている人もいるため女性を例外視しなければならないと筆者は分析しているため、あえて不問とさせていただく。またこの定義の中には60歳以上の人々は当てはまらないことも念頭に入れておく必要がある。そしてこの問題についての例外には『収入が全くない』状態のことを意味している必要がある。問題自体がそれこそアンニュイかつシビアなものになっているのでそもそも例外ばかりであって欲しいのだがそうもいかないもので、該当する人は残念ながらそう多くは無いだろうと思う。

この問題における例外には結婚していても男性が働いていないケース、つまりは、

  • (1):専業主婦として家庭を支える側に立っている者
  • (2):生活に必要な経費を配偶者、ならびに親族の収入によって賄っている状態

という人々に当てはまるものだとなっている。

ではこの例外に当てはまらない人々はどのようなことになるのかはいうまでもない、資産もない状態で未婚であり、突如として職を失うことになった、または自らが望んで退職するという道を選んだ人々になることだ。後者は一見して今後の見通しが決まっているかのように伺えるが、求職活動において積極的な姿勢を見せるなどしなければ直ぐにSNEPと化してしまう。そしてこの例は誰でも当てはまるということが一番恐ろしいところだ、なぜかというと実際にSNEPになってしまう人々に中には、世間一般でいうところのかつてエリートとして活動していた人も中にはいるからだ。この話については後ほど詳しくするとして、まずは定義についての説明を完結させよう。

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孤立化するにも種類がある

孤立無業者といわれる人々は仕事を全くしておらず、かつ教育といった過程に従属していない人々のことを意味している。有業者としてではなく、仕事をするわけでもなく、また何かを勉強するわけでもない人々に対して用いられることになるわけだが、こうした人々がどうして社会的に孤立してしまうのかは少し疑問に感じるところだ。先述で述べたように、インターネットなども使用しなくなってしまうと完全に孤立してしまう人もいる。このケースは確かにそれなりに年を積み重ねた一人暮らしをしていれば分かるが、研究報告として挙げられたレポートには20歳という成人したばかりの青年層も該当すると考えられている。その中には家族と共に同居している人もいるはず、それなのにどうして『孤立無業者』と呼ばれなくてはならないのかだが、この定義の中でさらに区分けされた考え方がある体。

家族と同居している無業者もいるが孤立化している例として当てはまる人々は、『家族以外の人間の関係』を持つ事無く過ごしているのはもちろん、『家族そのものとも関係が取れていない』ケースがあるからだ。こうした人々のことを『一人型孤立無業者』と呼ばれ、また家族以外とは関係を持つことは無いにしても、家族の関係を築いている無業者もいる、それらの人々は『家族型孤立無業者』などともいわれている。

どの道どちらともが無業者であるということには間違いないが、個人的な意見としてこの2つなら明らかに後者が前者よりも環境はいいはずだと分析できる。前者の完全に家族からも孤立しているというのは、それこそ外界との関係が一切断たれている状態だからだ閉塞された環境では自分を吐き出す機会もなければ、また誰かの自身の存在を気取られることもない。ただ後者の家族型も決して良い条件ばかりでは無い、ここでの孤立化は友人などの関係に乏しいと思われる状態であっても、家族ときちんとした信頼関係が築かれていなければ結局意味がないと断言できるからだ。ただ生活しているだけ、自分のことだけ考えていれば良いなどというスタイルでは、いつ破綻してもおかしくない。天秤は常に均衡を保っている状態ではない、些細なグラツキから全てが崩れてしまうこともあるため、最終的には本当の意味で孤立するのは時間の問題だというのが、覆ることは無い。

孤立無業者にならないために

仕事をしなければ生きていけない、この事実がある限り働かなければならないのだが、誰しも一度職場から離れてしまったら『SNEP』になる可能性がある。だが人間、仕事だけをこなしていれば良いと言うモノでは無い、時に自分と冷静に向き合って進退を考えるのも時として重要な手段だ。このサイトではそんな現代に巣食う労働に付きまとう闇について考えるサイトだ。